仮面ライター

激高仮面改め、仮面ライター。ライダーではありません。仮面のライター(writer)です。

最初の懇談会、どうする?

 初めての保護者との顔合わせ、とても大事で緊張もしますね。でも懇談会の研究なんて聞いたことないですね。そこで今回は私の懇談会をその意図とともに紹介します。

🌸座席は丸く配置・・・子どもに授業する時と同じに安易に対面の座席にするのではなく、円形に並べて保護者を待ちました。これからの一年間を対面で付き合うのではなく、教師と保護者が隣に座って、共に子どもを見つめる協働者だということを感じてもらいたい、そう意識して学校をみてほしい、という思いです。共に子供の成長を願い、問題があれば肩を組んで知恵を出し合おうという気持ちを互いに持ちたいからです。

🌸名札づくりを全員で・・・画用紙(1/2)を人数分用意して、説明に従って三角錐を全員で折ってもらいます。そこに名前を書いていただいて、この一年間使い続ける懇談会用の名札を自分で作っていただいていました。はじめは私が全員の名札を書いて用意していましたが、ご自分で書いて作ってもらうことの方が良いことに気づきました。協同作業のはじめの一歩です。懇談会は受け身じゃないよと、そっと心に感じてほしいからです。手を動かしながら隣の保護者どうしで話をしたり、手伝いをしたり、それがいい雰囲気になりました。固かった保護者が鎧を脱いだり、素の顔を見せたり・・・おススメです。

🌸「良い出会いにしましょう」・・・と初めての懇談会で必ず話しました。教師と保護者のみならず、保護者どうしも、子どもどうしもです。〝良い出会い〟と言うのは始めからあるのではありません。結果として〝良い出会い〟になるのです。出会った両者が、日々良い出会いにしていこうと努力した結果です。今日から皆さんと〝良い出会い〟を作っていきましょう、と話します。この気持ちでつながれば、これから始まる子供の成長段階で起こる問題、摩擦、苦労を、一緒に子どもを見つめながら考えあっていける基になるのです。

🌸「学力をしっかりつけます」・・・と宣言します。これは全保護者が願うことであり、当たり前のことです。でも、懇談会ではっきり宣言する教師はあまりいません。それだけの覚悟と自信を私は話しました。自分は『教育のプロ』だと自覚しながらです。

🌸「和やかに真剣に」・・・どんな教室の雰囲気が子どもたちの成長に良いのかを長く考え続けていました。そして、自分の考えはこの言葉に集約されました。教室にもこの言葉をクラスの目標として掲げました。「和やか」なクラスは、どの子にも安心で、笑いがあり楽しい日々がある、その中で暮らしてほしいのです。「和やか」な関係だからこそ個性を発揮したり協力し合ったりできるのです。ただしそれだけでは不十分です。もう一つ大切なのは〝真剣〟なことです。思考は真剣な中で磨かれ、学習に人格に反映されるのですから。

🌸おまけ・・・懇談会も〝和やかに真剣に〟を目指しました。和やかな雰囲気づくりのために2回目くらいの懇談会からは、私のオルガンかギターで皆さんと歌を歌って始めていました。伴奏はとりわけ上手いわけではないから雰囲気づくりにはもってこい?です。

    若い頃、懇談会は気を張っていましたが、最初の懇談会で互いに心を開くことができると、今度はこんな話をしたいとか聞きたいとか、懇談会が楽しみになっていきました。今の若い先生方の参考になるかはわかりませんが、当時の思いを書いてみました。

「ヤンチャ体育」のおすすめ

    4月は新年度の学級開きがあり、体育の授業も新しく始まりますね。さて、どんな授業から始めようかな? と一緒に考えてみませんか。

 体育って、唯一自分の身体で表現する時間ですね。得意な子もいれば辛い子もいる、教師だって実は同じかも。えらく熱心な教師もいれば困っている教師もいます。さまざまな思いが混在する中には、教師は苦手でも子どもたちが一生懸命取り組む授業もあれば、体育自慢の教師が子どもたちを縮こまらせ笑顔が消えていく授業もあります。教師の得手不得手より、教師の持っていきようひとつですから、やりがいがありますね。子どもを丁寧にみるあったかいハートと、科学の目(技術分析)と平等な関係づくり(学習集団)という軸がある、私はそんな授業を目指していました。

 さて、仮面ライターでは、書籍に載っていたり、通説になっていたりではない、語られていない実践も紹介したいと思います。実は私は「指導が真面目過ぎると面白くないバスケになる」と指摘し、「やんちゃバスケ」を提唱して『異端』と言われることがあります。それは私にとっては誉め言葉?ですが。そんな異端児、いや異端爺がちょっと異端な実践を。

 「1年生や2年生の体育の最初の修業はお相撲を」・・

 これが今回の話。体育はスポーツを教材としています。スポーツは非日常的な動き、多くは遊びから誕生しました。遊びの中心は面白いという実感です。学校とか教育とかに入るうちにこの面白さが足りなくなっていくことがあります。指導はされるけどつまらない体育です。つまらないしうまくならないと「体育は嫌い!」になります。どんな子にも「またやりたい!」と言わせたい、これが私の思いです。

 「はい、並んで。小さい順。じゃあ、かけっこね」これはダメダメ、まっすぐとか、小さい大きいとか、かけっことか。いきなり友達と比べっこはしないで! まず子どもと教師が〝お近づきになる〟ことをしたいのです。

 「今日は、先生とお相撲だよ、砂場に集まって!」これが最初の体育です。まず安全のために砂場のごみ、危ない物をみんなで取り除きます。次は砂場の周りに腰掛けさせて、ひとりずつ私(教師)とハッケヨイ。ねらいは、子どもとスキンシップをとりながら心の距離を縮めることです。思い切りぶつかってくる子、こわごわ立っている子、背後に回って押す子、足をつかまえて倒そうとする子、その子の個性と気持ちがお相撲でズンとわかるんです。教室で座っている時と違うんです。教師は倒れそうになったり、ハアハア息をしたり、いろんな感情を見せましょう。

 面白いことに、子どもたちは先生じゃなくて、相撲をとっている頑張っている友達に声援を送り始めます。これが、友達を応援しあうクラスのはじめの一歩になりますよ。

 今までおとなしかった子が「先生、〇〇?」なんて話しかけてきたら、嬉しいですね! 子どもが笑顔で先生に近づいて安心感と楽しさを感じていたら最初の体育は大成功! 

 これはもちろん低学年の場合です。スキンシップはとても難しいし、嫌がる子もいます。無理せず、控えめに、その子に合わせてです。中・高学年の場合は、教師の「表情と言葉」があたたかい心のスキンシップになりますね。 

オチルサイハン

 昨今のスポーツは、自国選手のみならず外国人選手の活躍もあり、盛り上がっている。そこには、競技の質の向上と自国選手の保護・向上を考慮しながら、一定の制限を設けた外国人枠がある。少しずつ改定されるが概略は、プロ野球は1軍登録4人まで、サッカー(J1)は試合出場5人まで、バスケ(Bリーグ)はオン・ザ・コート3人まで、などだ。

 大相撲は高見山に始まるハワイ勢の活躍の時代から、朝青龍白鵬他のモンゴル勢の活躍の時代となる中で、今は1部屋に外国人枠1人となった。今回はこの外国人枠で出た話。

 大相撲は力量により、序の口→序二段→三段目→幕下(ここまでは無給)→十両(ここからが関取)→幕内へと進む。さらに幕内は前頭→小結→関脇→大関横綱、という具合だ。ただし、部屋に入門が許されたからといってもまだ力士ではない。新弟子検査の準備期間として、番付に載らず相撲協会にも登録されない研修生生活が始まる。序の口の前ということだ。まだ誰にも注目されない見習いなのだが、伊勢ケ濱部屋のオチルサイハン(モンゴル出身)は熱心な相撲ファンにはよく知られている。稽古場で幕内力士を圧倒し、小結や関脇にも勝つことがあり『史上最強の研修生』と呼ばれているのだ。実力は大関横綱クラスと言う力士もいるくらいだ。ご存じない方は稽古場での彼をYoutubeで見ていただければ“これは強い”と思うはずだ。

 11月場所の前相撲(序の口前)でいよいよデビューしたが、これまたビックリ、研修生にもかかわらず63代横綱旭富士」のしこ名をいただいたのだ。相撲留学して旭丘高校出身ということも少しはあろうが、極めて異例、大きな期待の表れなのだ。

 伊勢ケ濱部屋には実力のある力士が数多くいる。それは、元横綱白鵬が宮城野を襲名して宮城野部屋を継承したが、弟子の暴行事件に伴い宮城野部屋の力士は伊勢ケ浜部屋に転籍したこともその一因だ。伯桜鵬、熱海富士、翠富士、錦富士、尊富士、義ノ富士など優勝経験者もいる関取衆、炎鵬など人気の元関取もいる。だから、幕内力士との対戦で力をつけようと他の部屋の関取が出稽古に来るのだが、まだ研修生のオチルサイハンに負けて自信を無くして帰ることがあるそうだ。そんなに実力をつけた彼が、4年半も何故デビューができなかったのだろうか。それが前述の外国人枠である。

 部屋にはモンゴル出身の横綱照ノ富士が君臨していた。今回引退して伊勢ケ濱親方となり部屋を引き継いだ。オチルサイハンはようやく外国人枠1に入ることができたのだ。実は、伊勢ケ濱部屋には幸乃富士というモンゴル出身力士もいるが、彼は5歳で日本へ移住しているため日本在住10年・特別永住者扱いで日本人扱い、外国人枠ではないらしい。もう一人の聖白鵬もモンゴル出身だが、上述の事情で宮城野部屋から転籍してきた。オチルサイハンはそれ以前に研修生活をしていたので規定に抵触しなかったそうだ。

 オチルサイハン(旭富士)は、4年半もの長い間ひたすら稽古をして強くなった。部屋の仲間からは「序の口・序二段・三段目・幕下を全勝で全部優勝して28連勝だ!」と言われている。場合によっては、前相撲からの5場所で十両という夢の記録までも期待されている。前相撲では、相手を怪我させない気づかいの取り組みで3連勝、一番出世となった。来年初場所から番付に載り序の口からスタートする。注目である。 

楽しんだ運動会

     【スポーツの考え方とON(オーエヌ)式指導】  

    作家の中島京子さんが新潟の越後妻有のユニークな地域運動会「大地の運動会」について書かれているのを読んだ。なんと実行委員長があの為末大さん、「世界陸上よりこちらを優先した」と開会でジョークを披露したという。面白そうだ。参加は地元の方々、アーティスト、学生、観光客ばかりではなく、難民申請中の人も招待され、年齢国籍バラバラなのだ。中島さんは玉入れと盆踊りに参加、ウガンダのダンスもあり国際色豊かだ。借り物競争が楽しい。「チーム一のお年寄り」では84歳のお婆ちゃんが一等になり、「チーム一の高身長」では189cmのスーダン人と190cmのコンゴ人の争いになったとか。楽しい運動会はいいなあ。

 思い出した実践が二つ。

    一つは「ロックンロール・チルドレン」。現役の頃、子どもたちが歌う歌を作っていたが、どの学年でも人気だった曲がこれだ。歌はクラスから学年に広まり「運動会のダンス曲にしよう」ということになった。知り合いのダンスの先生に振付を考えてもらい指導してもらううちに、フィナーレは子どもたちにまかせようということになった。子どもたちはダンスの時間が待ち遠しく、自由な振付を5~6人グループで考えあってワイワイガヤガヤ・・・。

   運動会の本番は、どんな服装もOK、ヘヤーカラースプレーOK、お化粧OK、なんでもOKにした。予想外だったのは保護者の方々がここぞとばかり笑顔で乗り込んできて、自分の子だけでなく、クラス全員をその子の好きなファッションに。

 「逆立つ寝ぐせも風になびかせりゃ・・」と子どもたちの歌が流れると、校庭に散った色とりどりの子どもたちがニッコニコしながら踊った。それだけではない。翌年は、これが全校ダンスに採用された。しかも、見に来た保護者も一緒に!と、校庭中でロックンロール・チルドレンを踊ったのだった。

 1学級で歌っていた歌が全校に広がってみんなで踊る、こんな実践はなかなかできないものだ。それができたのは学校が自由な気風にあふれ、教師が信頼しあっていたからだと思う。管理的な学校だったらこの楽しさは作り出せなかっただろう。「楽しかった!」今でも当時の保護者に会うと、そう言われている。

 もう一つの実践は「ソーラン節」だ。(その後流行った南中『ロック』ソーランではない) 運動会のダンスと言えば、どこかの誰かが振付けたものを教育雑誌などで調べて子どもたちに踊らせるということが、どこでもやられていたし、今でもそんな姿を見ることが多い。なかにはやらされている風なダンスもあって、これはどうなのかな?と考えたりしていた。

 そんな時に「日本の子に日本の踊りを」という言葉を知った。民舞教育を中心的に広めていた中森孜朗さんの著書の名だったが、この言葉に惹かれ、サークルの先輩にたくさん教えてもらった。中には自分がマスターできなかった難しい踊りもあったが、「春駒」「さんさ踊り」「荒馬」「みかぐら」「花笠音頭」「虎舞」「はねこ踊り」「エイサー」などだ。

 ソーラン節は秋田県わらび座で体育の研究会が開かれた時に、座員の方から直々に教えていただいた。この踊りが大好きになり、いやあ、足腰の筋肉痛に耐えて踊ったものだ。

 運動会でそのソーラン節を扱った時は『秘伝書』なるものを作り、“名人”になるまでの踊り方を段階的に何部か作った。「秘伝書だから配らないよ」と言って学校の廊下等々に隠して置いた。この遊び心が子どもの心に火をつけた。子どもたちは名人になりたくて秘伝書を手に入れようと探し回って練習したのだ。「次の秘伝書が出たらしいぞ!」という声でどんどん学年の熱が上がり、この年のソーラン節は、心底踊った一番の出来栄えだったと今思っている。 

運動会のかけっこ

         【スポーツの考え方とON(オーエヌ)式指導 (短距離走4)】

 算数のテストの結果を全校保護者の前で発表することはしないだろう。運動会のかけっこはそれと似たことをしているのかもしれない。ここにかけっこが嫌いな子が生まれる原因がある。だからと言って、みんな一緒に手をつないでゴールインなんてことはしたくない。だって、そこにはかけっこの楽しさはないから。

 ではかけっこの楽しさは何だろう。それは走ること自体にある気持ちよさだ。ある時子どもに「なぜ大人は走らないの?」と質問された。そうか、子どもって何かあると走り回っている。追っかけっこをして遊んでいる。その時ってみんな笑顔だ。走るって楽しいんだ。気持ちいいんだ。逆に言えば、楽しくなければかけっこじゃないんだ。

 かけっこが楽しいのだから、本来ならばかけっこ比べ(徒競走)も楽しいはずだ。かけっこ比べの楽しさは、誰が速いのかな? 勝てるかな? 負けるかな? というドキドキ感にある。そう、このドキドキ感があるかどうかでかけっこ比べ、つまり徒競走が楽しいかどうかが変わるということだ。はじめから、勝てっこないやと思った時点で楽しくなくなる。しかも、運動会でこの勝負の決まった比べっこをやらされるとなったら、またビリだと思う子には6年間もつまらない悲しい時間になるだろう。

 運動会の徒競走は難しい、おかしい。何故なら、

 ①走ることを教えていないから。大概は並び順を決めてスタートの形(フォーム)を指示して何回か走らせるだけだ。ちよっと良くて「ゴールの向こうまで走っていきなさい」と言うくらい。「速く走るには」という子どもが一番知りたいことには触れていないのだ。せめて仮面ライター85~87のようなことを考えてからしてほしい。

 ②遅い子がいくら練習しても、何か月練習しても、多分早い子を抜かすことはできない。残念ながら、これが一番のネックだ。

 だから運動会では工夫が必要だ。勝つか負けるかのドキドキ感を持たせるために。そのために誰と競走させるかの工夫だ。しかし、あらかじめ言っておくが正解はない。全員が一番になることはないのだ。工夫の一つは、1年生から6年生までに6回運動会を経験するのだから、一律にせず毎年変えていく方法だ。

 例えば、1年は男女別背の順、2年は男女混合誕生日順、3年は男女混合タイム順、4年はくじ 5年は男女別誕生日順、6年は男女別タイム順のように。最近は全学年タイム順が多いようだが、これにも問題はある。毎年走るメンバーが固定してくるからだ。勝てるかな、負けるかなのドキドキ感がなくなる恐れが、特に、遅い子グループと早い子のグループには出てくることを知っておくべきだ。クラスで一番早くても、1度も1着になれない子の気持ちはどうだろうと考えてあげたい。運動会の走る順は各学校での知恵の出しどころなのだ。

 その他に、高学年は跳ぶ競技(例えば走り幅跳び)、投げる競技(例えばソフトボール投げ)、走る競技(徒競走・ハードル走)からの選択をさせることも考えてはどうだろうか?

田植え走

  【スポーツの考え方とON(オーエヌ)式指導 (短距離走3)】

 昭和生まれの私にとって100mと言えば男子では3人の選手が思い浮かぶ。1番目は、“弾丸”と呼ばれたボブ・ヘイズだ。追い風参考ながら初めて10秒の壁を切った9秒91、五輪金メダルとスーパーボウル(アメリカンフットボール)優勝メダルの両方を獲得した唯一の選手だ。次は9秒86のカール・ルイス、彼の走りを旧東京国立競技場に見に行ったものだ。目に焼き付けようと懸命に動きを追ったが、早くて一瞬で終わってしまった。この時は女子で連続7回五輪出場のマリーン・オッティも見た。常に優勝候補ながら3位が多くブロンズコレクターと呼ばれ、52歳でヨーロッパ選手権に出場している。そしてご存じウサイン・ボルト、9秒58は破格の世界記録だ。さて、彼らはどうして速く走れたのだろう?

 「走る」を考える時は、私が運動文化を学んだ中村敏雄先生の「動物も走る、人も走るが、考えて走るのは人間だ」という言葉を思い出すが、ここでは文化的側面より速く走るということに注視しよう。ストライドを大きくしピッチを速くすれば速く走れるのは自明のことだが、そのためにはどうしたら良いのか、これが難しい。

 1970年代の日本では「足を前に高く振り出す」「膝、足首を伸ばしてジャンプする」が速く走る動きづくりと考えられていた。そして「もも上げ」が繰り返された。経験された方も多いと思う。テニスでも野球でも「素振り」が大好きな日本人だから、この「もも上げ」が広まったのだと思う。しかし海外の選手の膝は曲がっていると感じ始めた人もいた。

 1991年の世界選手権が東京で開催され、写真撮影での分析のチャンスを得た。そして、カール・ルイスなど海外の選手の走りは、日本の指導と正反対だと認識されたのだ。ルイスは「足は高く上げるのではなく地面を押す」と指導されていたという。この時に、経験から指導法を考える今までの考え方でなく、力学的・論理的に理解することの大切さを学んだのだ。

 しかし、学校の授業で一流選手の指導をそのままあてはめると、形(フォーム)から入ることになり間違ってしまう。子ども達には子どもたち用の指導があるはずだ。体育同志会の陸上分科会に「田植え走」なる実践発表がある。一人が走る足跡をクラスの全員で復元するというのだ。走った時の靴がどこに着地しながら走ったかをほかの生徒全員で一人一足ずつ順番に見て、そこに印をつけていくのだ。その印をつける様子が腰をかがめる田植えに似ているので「田植え走」と名付けられた。

 印に各自の靴を置くと走った子のストライドと、直線で走ったか曲線だったかが一目瞭然にわかる。50m走だと30m~40mの間で乱れが出ることが多く、同時に計測した10m毎のタイム(ラップタイム)もこの乱れと一致したそうだ。この乱れをなくすことが速く走る課題と気付く。その地点で「腕!」と注意喚起の声掛けをし、腕の振りの乱れを直す。足(動作焦点)の乱れを、腕(意識焦点)の振りにより矯正していく方法だ。

 小学生の場合は30m走とし25m付近で「腕!」と声をかければいいだろう。小学生でも、走っているときの足の動きを、腕の動きでコントロールできることがわかり、ただ走るのではなく考えながら走ることを学べるのだ。「もも上げ」の繰り返しよりも、「腕の振り」を意識させていくのだ。